五輪報道から考えるメディアの役割
おはようございます!
ハッピーカーズ大田田園調布店です。
オリンピックに釘付けになっている人は多いですよね。こんな種目あったっけ?と思うこともありますし、見たこともない、聞いたことのない代表選手もいます。ここまで来るまでにどれだけの時間と情熱をその競技に注ぎ込んできたのだろうかと思います。また代表に選ばれなかった人たちのことも考えると、メディアに載らない選手たちの存在の多さに気付かされます。それまでは見向きもされなかったのに、メダルをとったらいきなり取材陣が押し寄せてきた、みたいな話もよく聞きます。我々が日々接している情報は「メディアへの接触を瞬間的に最大限にしたい」という意図をもって作られているということがわかります。
ついでにいうと、「○○(有名人)がインスタグラムを更新した」とか、「○○というテレビ番組で○○が☓☓と発言と発言した」とかのレベルでもネット記事になっています。それを記事というのかはさておき。本来、メディアの役割とは「当事者しか知らないことを第三者に知ってもらう」ことだと思っています。仲介者という意味ですから。それによって権力への牽制や意見の多様性が生まれるわけです。民主主義の根幹ですね。香港がいい例ですが、強権政治はメディアの封じ込みを最初にやるのはそのためです。
そう考えると、記者は現場に足を運ばないと記事はかけないというのは当然のことなわけです。政治部も社会部も運動部も経済部も。エアコンの効いた部屋でテレビやSNSを見ながら記事を書くことにどんな意味があるのかよくわかりません。でもそういうネット媒体は、広告主がつくぐらいに、読まれている、ということなんでしょうね。よりどう情報にふれるかというのは大事なことだと思っています。
今日もよいカーライフを!
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